時が重なるということ:子どもたちとの出会い、そしてこれからの小児医療

(上伊那医師会報2017.6月号)

 

「ありがとう。この世界の片隅にうちを見つけてくれて。」

病院互助会の映画鑑賞会で、『この世界の片隅で』という映画を観た。終わりが近づいた一場面で、主人公の「すず」さんが結婚した相手に向けた言葉である。戦争で広島・呉の人々の日常や街の景色が変わっていく軌跡を描きながら、普通の暮らしのなかに普遍的な宝があることを伝えたかった映画なのだと思う。ほんわかしたチラシと女優の「のん」さんののほほんとした話し方とは違いあまりに重たい映画で、終わってしばらく席から腰を上げることができなかった。

暮らしのなかには、映画との出会いのほかに、ひとや、絵画、音楽、本、言葉、詩歌、そして自然や文化、歴史、社会、…とさまざまな出会いがある。もちろん、出会いの中身は人によって全然違う。地域で小児科医をやっていると圧倒的に(生物学的な意味合いのあるヒトではない)人との出会いが多い。私は、急に思い立ってわくわくしながら、ホームセンターやスーパー、本屋に行くことがある。そこには毎回と言っていいほど、声を掛けてくれたり、少し笑みを含んだ目を向けてくれる子どもやお母さんがいる。気を遣って(だと思う)そっと視線を外してくれるお母さんもいる。時にはそれが煩わしくて、足元に目を落として歩く。診察や健診は、一人ひとりの子どもたちとのちょっとした真剣勝負でもある。20年近く続ける健診は、この地域のほとんどの子どもやお母さんと顔を合わせる機会をつくってくれる。

小児科医が出会う人たちは、保健活動でなければ、多くは病気を患いそれに向き合っている子どもやその家族である。「ほんとうの出会い」というのは、精神科医の小林司が『出会いについて』で書いているように、偶然出くわすことではなく、心と心のふれ合いによって生き方や生きがいに大きな影響を与えてくれるものだ。ただ、そのような出会いは多いわけではない。一生のうちにほんとうに出会える人は100人にも満たないという人もいる。そうかもしれない。とすれば、深い関わりがなければ、ほんとうの出会いはなかなか生まれてこない。再発を繰り返しながら亡くなっていった白血病や免疫不全症の子どもたち(その子どもたちの名前を決して忘れることはない)や、長い闘病生活を戦い抜いた膠原病の子どもたちは、その後の私の小児科医としてのあり方に濃淡はあるにしても影響したのだと思う。もっとも、日常診療のなかに、例えば風邪でやってきた子どものさりげない表情や身振り、言葉、あるいは子どもと母親のやり取り、私に向けた心の信号(寂しさや辛さ、弱さ、願い、強さ、喜び、優しさ)に心が揺さぶられることも少なくない。『この世界の片隅で』には、

わたしのこの世界で出会ったすべては、

わたしの笑うまなじりに、

涙する鼻の奥に、

寄せる眉間に、

振り仰ぐ頸に宿っている――。

という一節もある。子どもたちはそっと贈り物を届けてくれる。

最近は発達障がい(神経発達症)の子どもたちと関わることが多くなった。発達障がい診療は、時間のかかる仕事である。時計に目をやりながら診療していると、サン=テグジュペリの『星の王子さま』が頭を時折よぎる。「じぶんのものにしてしまったことでなけりゃ(絆を結んだものでなくちゃ)、なんにもわかりゃしないよ。」「あんたが、あんたのバラの花をとてもたいせつに思っているのはね、そのバラの花のために、(水をかけたり、不平もきいてやったり、じまん話もきいてやったりして)時間を費やしたからなんだ。」――人にはわからないことや予想もつかないことが一杯あって、まわりとの関係のなかで常に変わっていくため、よくわかろうとする努力が必要になる。

小児科診療のなかでの出会いは、子どもやその家族だけにとどまらない。病院では、医師や看護師、臨床心理士、薬剤師、小児リハビリテーションに関わるスタッフ、院内学級の教員など多職種の繋がりがある。そして、病院を一歩でると教育や行政、保健、福祉との結びつきがある。それぞれのひとが同じ土俵のなかで輪(和)をつくりながら医療は進んでいく。人との繋がりはただ自然の恵みを受けているようなものではない。自らの手で温かな陽だまりをつくったり、優しい風を吹かしたり、ときに雨を降らさなくてはいけないときがある。出会いは、そのひとの生きがいや生き方、仕合せに結びついていく。語源を紐解くと、「仕合せ」という言葉は「双方の動きが合う」こと、つまり「異なる二つが重なる」ことを意味するのだという。広い世界のなかのほんの小さな空間で、人生の時間を重ねていることにきっと何かの意味があるのだと思う。これからやってくるAI(人工知能)時代にあってもその価値は色褪せないはずだ。

小児医療は、人口構成の変化(少子高齢化問題)や疾患構造の変化(予防接種の普及による感染症の減少など)、医療のあり方の問題、医療費抑制政策、専門医制度改革によって変革期を迎えている。信州大学小児科教授から今後の重点課題として、発達障害児医療と、重症心身障害児・小児在宅医療、思春期医療の3つが提起されている。この3つが小児医療の現場のなかで喫緊の課題であることは多くの小児科医も認識している。小児科対象年齢の拡大や、成人領域へのトランジション体制の整備(移行期医療)、周産期医療(新生児医療)、子育て支援、多職種連携(特に教育との連携)、救急医療、災害医療、予防接種、生活習慣病、エコチル調査、…ほかにも丁寧な対応を求められる分野はたくさんある。これらのすべてが小児科医単独で完結することはなく、人や他機関と繋がりがあってはじめて成り立っていく。小児科の3Yと言われる「夢、喜び、やりがい」は人との繋がり・出会いがあってはじめてつくりだされるものだ。

冒頭に書いた「ありがとう。この世界の片隅にうちを見つけてくれて。」という一節は、実は映画より、言葉より、ひととの出会いの大切さを教えてくれている。小児医療を取り巻く上伊那地域は、熱い思いをもったひとたちによって繋がりが築かれている。その繋がりを育みながら、より良い小児医療が展開されればと思う。出会いでは、「それ」が「あなた」に変わるのだという。この組織、その組織、あの組織と一緒に仕事ができてうまくいったというより、あなた(がた)と仕事ができて仕合せだといえる方が温かで優しい医療を提供できるような気がしている。

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長野県上伊那郡箕輪町大字三日町969-3