(長野医報2014年)
伊那谷を流れる天竜川には支流がたくさんあります。涸れ川にも、桜の季節が近づくと、キラキラと春の陽射しを受けて軽やかな音をたてる水の流れが現れます。天竜川は諏訪湖から流れ出る水だけではなく、いくつもの支流から流れ込む水によって豊かさを増していきます。いろいろな支えによって成り立つ地域医療も、天竜川の姿にどこか似ています。川や山がその地域の自然をつくるように、医療はこれからの地域づくりには欠かせない大きな要素です。
医療連携には,医療崩壊の回避や、競争的医療から医療機能分化へのシフト、地域完結型医療(地域包括型医療)、医療技術高度化への対応、医療資源利用の効率化、財源問題、保健・医療・福祉の複合化、救急医療の整備、地域医療のIT化といったさまざまな側面があります。「永遠に不可能な課題」と思われていた「医療連携」が、超高齢者社会を迎えて、これからの医療の大きな柱になると考えられています。小児医療ではすでに、小児人口の減少という社会背景のなかで、医療資源を効率的に活用するために、おそらく成人医療以上に連携の重要性が認識されています。
上伊那地域の小児医療には、“歴史が動いた”ような1日がありました。平成19年6月6日、小児救急医療をどうするかで空席がないほど多くの先生方が集まっていました。長年伊那の小児医療を引っ張ってこられた小野寛先生がそのことで感慨深げに喜ばれていたのを記憶しています。その会議で、開業医と勤務医とが交替で、毎日19時から21時まで上伊那地区の小児を対象に夜間救急診療を伊那中央病院の地域救急センター(現在の救命救急センター)で行うことが決まりました。今から思えば病診連携は時代の流れだったかもしれませんが、連携の難しさを経験してきたものにとって、心強い一体感が生まれた瞬間でした。この体制はいま7年が経過しようとしています。互いに助け合い、地域を守り発展させていこうという思いの共有は、地域医療では大きな原動力になります。
上伊那地域は以前から医師が少なく、平成24年は対人口10万人で134.7人と長野県内の10医療圏の中で2番目に低い地域でした。小児科勤務医も同様で、人口がほぼ同じ隣接する諏訪地域の約1/2の医師数です。当地域小児科医の過重労働は想像に難くありませんが、激務に耐えられずやめていく実態があるわけではありません(人知れず耐え抜いてきたかもしれませんが…)。それは、上伊那地域が病院小児科の集約化と病病連携とが進められた地域であることと無関係ではありません。南部にある昭和伊南病院を受診した重症の子どもたちは伊那中央病院に紹介されます。また、平成19年から町立辰野病院小児科外来へ当院からの応援が続いています。医療の質を維持するには、ただ競争に頼るのではなく、二次医療圏をひとつの病院と見立てて、連携体制や信頼関係を構築していくことも大切なのではないかと思います。地域医療連携は、地域の有り様にも深く影響していきます。
長野県の小児医療は、一次・二次・三次医療の機能分化が確立していて、高次医療が必要な場合には信州大学小児科やこども病院と的確に連携を取ることが求められます。保護者もその存在を知っていて、最近は早い段階での転院を希望することが少なくありません。小児科に限定すれば、それぞれの医療圏で地域完結型医療が目指されているわけではなく、長野県全体をひとつの病院のように考え、専門性に応じて高度専門医療施設と連携し、その中で完結する体制をとっていると言えます。この10数年で小児科医の負担は確実に軽減されました。2つの病院の受け入れ態勢の整備が、救急医療体制の構築とともに、この負担軽減に寄与したことは間違いありません。長野県の小児医療は、患者の医療ニードに合った、そして小児科医の知恵が集約された連携体制が築かれてきたのではないかと思います。しかし一方で、病院小児科の入院患者数の低下を招き、あるべき地域小児医療の役割を再考するという宿題が与えられました。
小児医療では、医療機関だけでなく、保健・福祉に関係する施設機関や専門職との協力体制も必要です。成人領域との違いは、教育機関との連携も期待されることです。乳幼児健診を介しての保健師との関わりや、学校保健や就学相談、発達障害児医療、院内学級を介しての教育や行政機関との関わりなど、現場でのさまざまな繋がりは多職種間で顔のみえる関係をつくり、小児医療の幅を広めてくれます。上伊那地域で展開されているエコチル調査を介しての研究機関との関わりもそのひとつかもしれません。異なる職種との連携から新たな展望が開けることはしばしば経験することです。
地域完結型医療や医療機能分化、ICT活用による病診連携、遠隔医療といったことは、すでに実現されている領域があっても、まだ道の途中であり、シナリオ通りに進んでいくかはわかりません。しかし、地域において医療資源がどんどん生み出されていくことは考えづらく、そのような中で医療の質を向上させ、住民の医療ニーズに十分応えていくために、中心的な医療システムとして「医療連携」がさらに重要になってくるはずです。特に小児科では、もとより自己完結的に医療が行われることが少なく、医療連携はすでになくてはならないシステムになっていると言えます。
上伊那には、諏訪や中信との繋がりがある辰野町を中心とした伊北地域と、箕輪町・南箕輪村・伊那市によって形成される地域、駒ヶ根市を中心とする伊南地域の3つの地域があり、それぞれが特性をもって地域文化圏を形成しています。「医療連携」にどのように取り組むかは、そこに暮らす人たちの生活や文化に少なからず影響が及びます。地域住民の願いや、歴史が築いてきた地域特性を感じながらも、先を見据えて何が必要かを考えて実行していくエネルギーが、発展的な地域づくりにも繋がっていくのではないかと思います。